【飯塚豊】です!「自己紹介文」として

はじめまして!飯塚豊です!

いきなりですが、めざましテレビに出たことがある塾の先生です!

エイメイとの出会い

エイメイとの出会いは、中学2年生の春、友だちに誘われて、はじめて塾の扉を開けました

当時の僕は、数学の通知表がずっと「2」

小学校のとき滑り台から落ちて右腕を複雑骨折し、入院中に九九をまるごと飛ばしてしまったのが始まりでした

そのまま中学に上がっても算数・数学への苦手意識は消えず、「自分には無理だ」と半ばあきらめていました…

しかし、エイメイで出会った先生たちに、勉強というものの概念をひっくり返してもらいました

気づけば人が変わったように机に向かい、志望校だった埼玉県立松山高校に合格

高校では定期テストで1位を取り、卒業式で表彰までされました

九九が覚えられなかった子が、です

おそらく小学校の先生に伝えたら驚くと思います

そして

「自分の人生を変えてくれたエイメイの先生みたいになりたい」

「自分のような勉強が苦手な人でも、がんばればできるようになる。その経験を後輩たちへ伝えたい」

それが、僕が塾の先生を目指したきっかけです

エイメイの先生へ

ただ、最初はビビっていました

「エイメイの先生なんて、自分には無理だ」と、またしても自分で決めつけていたのです

自分にはみんなの前でうまく話す自信はない

エイメイの先生みたいに人を感動させることはできない

だから大学時代は大手個別指導塾でアルバイトから始め、4年間かけて教室長補佐まで務めました

そんなとき、エイメイの先生から声をかけていただきました

ラストチャンスと思い、エイメイの先生の採用試験に臨みました

採用試験の模擬授業は、ボロボロ

でも、模擬授業に参加をしてくれたエイメイの先生たちがたくさんのアドバイスをくれました

3度目の挑戦で、ようやく採用してもらえました

当時の川上先生がいちばん喜んでくれて、「これからよろしく!」と笑顔で握手をしてくれたのが忘れられません

エイメイの先生をやめる

ただ、エイメイの先生になって数年後、私は一度その仕事を辞めました

理由は、ある疑問でした

「エイメイで教えていることは、本当に社会に出てから役立つのだろうか…」

努力すること、夢に向かって頑張ること、仲間と協力すること

生徒たちに繰り返し伝えてきた言葉たちが、社会でも通じるのか

社会に出たことのない自分が、それを堂々と語っていいのか

確かめずにはいられませんでした

飛び込んだのは、ゴリゴリの営業会社でした

「数字が人格」という言葉が社内に飛び交い、ノルマを達成できなければ全体の前で厳しく詰められる

上司から「赤字社員」と厳しく言われたこともありました

心が折れかかっていたある日、引き出しの奥にしまっていた一通の手紙を取り出しました

エイメイを去るとき、生徒がくれたものでした

その手紙の最後にはこう書いてありました

「つらい時こそチャンスなり!」

自分が生徒たちに何度も伝えてきた言葉でした

つらい時に人は真価を試される

すぐにあきらめるのか、それとも踏ん張れるのか、そこが大切だと

その言葉に、今度は自分が救われました

奮起してからは、少しずつ数字が取れるようになりました

最終的には、全社で1位の営業成績を残すことができました

エイメイで大切にしてきたことは、社会でも通じた

そのことを、自分の体で証明できた気がしました

そのタイミングで、エイメイが鶴瀬に新校舎を出すという話を聞きました

もう迷いはありませんでした

今度は堂々と、胸を張って生徒たちに伝えられる

そう思って、エイメイに戻りました…!

エイメイで大切にしていること

今、僕が指導で大切にしていること、それは僕自身の経験からくるもので

「勉強ギライな生徒は五万といるけれど、成長ギライな生徒はいない」

ということ

どんな子も、心のどこかで「もっとよくなりたい」と思っている

その気持ちに寄り添って、伴走者として一緒に走っていきたいと思っています

父親として

プライベートでは、三児の父親です

長男、長女、次男の3人がいて、毎日は笑い声ときょうだいケンカと公園の泥だらけで賑やかすぎるくらい賑やかです

子どもたちと過ごす時間は、疲れていても不思議と元気になれる時間ですね

子どもたちは天使のようにかわいいです、、、親バカですね(笑)

育児に向き合うなかで、「世界一愛している我が子にだったらどんな風に声をかけるのか…?」と考えるクセがついた気がします

それは、生徒と向き合うときにも活きています

育児に苦労するなかで保護者様の気持ちにより寄り添うこともできるようになってきたなと思っています

余談として笑

ちなみに、僕はおっちょこちょいです

アメリカ旅行で日付変更線を越えていることに気づかず、帰国日を1日間違えて日本に帰れなくなったことがあります

イギリスのロンドンでは「ブリティッシュヘアーにしてください」と頼んだら、スネ夫のような髪型にされて帰国が恥ずかしくなったこともあります

アポ無しでフィリピンの学校に行き、そこにいる先生たちに授業をさせてくれと頼んだら、すんなりOK!まさかのカタコトの英語でフィリピンの子どもたちに授業したことがありました、あの時はもっと英語の勉強をしておけば良かったなと後悔しました

失敗談なら山ほどあります

でも、そういう話を生徒にすると、なぜかみんな目を輝かせて聞いてくれるんです(笑)

修学旅行に病気で行けなかった生徒のために、代わりの旅行を企画して一緒に行ったこともありました

あと先考えずに動いてしまう、そういう人なのかなと思います

完璧な先生ではありません

でも、目の前の子どものために全力で走れる先生でありたい、たった一人の生徒のために全力を尽くす先生でありたい、ずっと思っています

どうぞよろしくお願いします🙇‍♂️

この記事を書いた人

飯塚豊(づかっち)

こんにちは!エイメイ学院トナリエふじみ野校舎、塾長の飯塚です!
気がつけば、塾の先生として働いて20年間。今までに約1000人以上の生徒を担当してきました!浦和、浦和一女、大宮、慶応志木や早稲田本庄などの最難関校から神山まるごと高専などの指導実績があります。また、通信制のサポート校として不登校の生徒の指導や保護者様向けの講演会も行っています!私生活では三児の父親として子育ても奮闘中です!