俺の家は貧乏だった。俺が2歳くらいのときに父親は女を作って出ていった。【代表HIRO先生】

俺の家は貧乏だった。俺が2歳くらいのときに父親は女を作って出ていった。それから女手一つで3人の子どもを育ててくれた母親は朝から夜中まで働いていたが、残された家のローンや生活費でかなり生活は苦しかった。

中学時代に幸運にも出会った素晴らしい塾、エイメイ。

エイメイの先生たちは本当に輝いて見えた。

いつも楽しそうにしていて、生徒たちを大爆笑させていて、ときには厳しいことを言ってくれる。常に真剣勝負してくれた。努力することの素晴らしさを教えてくれた。

こんな先生たちが学校にいればもっと世の中が良くなる、俺がそうなりたい、と。

夢を持たせてくれたエイメイ。

しかし、やはり授業料が払えなくなってしまった。

当時の塾長に塾をやめることを言いに行った。

「先生、あの、授業料が払えなくて、、、塾を辞めさせていただきます。」

「そうか。お前は勉強したいって気持ちはあるのか?」

「はい。勉強したいです。」

「よし。それなら授業料のことは気にするな。払えるときに払ってくれればいい。他の友だちと同じように塾に来い。お金は気にするな。」

「え・・・そんなことは申し訳ないですし」

「いや、いいんだ。その代わり、お前は塾の仲間たちに良い刺激を与えてくれ。それでいい。」

中学3年の夏前、今頃かな。

今でも鮮明に覚えている。

涙が出て止まらなかったこと。

さらに、俺には大きな夢ができた。この塾に恩返しをしたい。

実はこんな原体験があっての、うちの塾の奨学金制度なんだ。

学びたい意欲のある生徒には、自分で将来授業料を支払える制度、奨学金を塾にも作りたいって。

今はまだうちのグループの塾生のみだけど、そのうち、大きくなれば他塾に通う生徒へ奨学金を広げることだってできる。

そう本気で信じている。

やってやるぜ!

EIMEIグループ代表HIRO

この記事を書いた人

川上 大樹 HIRO先生